吉村紗也香(よしむら さやか)選手は、
日本を代表するカーリング女子選手です。
高校の頃からその才能を遺憾なく発揮する一方で、
その名が五輪に届くことはありませんでした。
誰もが認める才能がありながらも、
そんな届きそうで届かない時間が長くありました。
ジュニア時代は国内で活躍し、
世界ジュニアでも結果を残すなど、
実力は誰もが知るところです。
ただ五輪だけは遠く、結婚、出産、そして復帰と、
人生を重ねた今、彼女は「5度目の正直」として
ミラノ・コルティナへ向かいます。
負けず嫌いで粘り強い、
逆境を跳ね飛ばすエネルギーを持った
吉村紗也香選手の素顔に迫ります!
吉村紗也香のプロフィール|5度目の挑戦の理由とこれまでの軌跡
まず、公式プロフィールからの抜粋を
ご紹介します。
生年月日:1992年1月30日
所属:フォルティウス(元:北海道銀行フォルティウス)
競技開始:小学4年生
身長:162 cm
小学校:常呂町立常呂小学校(現在の北見市立常呂小学校)
中学校:北見市立常呂中学校
高校校:北海道常呂高等学校
大学:札幌国際大学
フォルティウスメンバー:近江谷杏菜、小野寺佳歩、吉村紗也香、小林未奈、小谷優奈
吉村紗也香選手は、
小学校4年生からカーリングを始め、
友人同士で『WINS』を結成しました。
カーリング界では普通なのかもしれませんが、
小学生でチームを組むというのは、
相当な熱量と覚悟が感じられますね。
WINSは結成後進学を経ても活動を続け、
北見市立常呂中学校、北海道常呂高等学校と
常にチームを組み続けました。
そして2010年、バンクーバー五輪の際には、
日本代表決定戦まで駒を進めるも、
惜しくも涙を飲む結果となりました。
文字通り、あと一歩のところでした。
同年、『常呂高等学校WINS』のメンバーと共に
札幌国際大学に進学しますが、
2014年のソチ五輪にも出られませんでした。
小学校4年生から大学まで
友人と同じチームで頑張ってきましたが、
五輪出場の夢は叶えられなかったのです。
長年の友人と一緒に五輪の舞台に立つなんて、
本当に夢のような物語ですね。
吉村紗也香選手はそんな夢みたいな話を
あと一歩で叶えられるところまで
必死で努力してきたのです。
結果は残念ですが、
きっと一人の選手として大きく
成長する機会になったことでしょう。
ちなみに2014年ソチ五輪出場は
『北海道銀行フォルティウス』が果たしました。
吉村紗也香選手は2014年、北海道銀行に加入し、
ここからは『WINS』のメンバーとは
別々の道を歩むこととなります。
これまで一緒に努力していた仲間と離れるのは、
きっと吉村紗也香選手にとっても、
他のメンバーにとっても
苦渋の決断だったでしょう。
しかし、2018平昌オリンピック、
続く2022北京オリンピックは
いずれもロコ・ソラーレが代表となりました。
2014年ソチ五輪で代表となった
北海道銀行フォルティウスに加入したのに、
二度も連続で五輪出場を逃したのです。
吉村紗也香選手の気持ちは
想像に難くありません。
相当悔しかったことでしょう。
驚くべきことに、吉村紗也香選手が通っていた
常呂中学校には『常呂中学校ROBINS』という
カーリングのチームがあったのです。
ROBINSには、吉村紗也香選手と
同じフォルティウスのサードの
小野寺佳歩選手が在籍していました。
すごい環境ですよね。
他にもロコ・ソラーレのサードの吉田知那美選手、
同セカンドの鈴木夕湖選手、
そしてリードの吉田夕梨花選手
(吉田知那美選手の妹)が在籍していました。
小野寺佳歩選手、吉田知那美選手、
鈴木夕湖選手は、
吉村紗也香選手と同学年でもあり、
ここまでくると運命的な
何かを感じてしまいますね。
同学年にこれだけ有力な選手が、
しかも同じ町内にいるなんて、
どんな環境なのだと気になってしまいます。
常呂中学校恐るべしですね。
さらに驚くべきことに、吉田知那美選手は
2011年~2014年まで北海道銀行フォルティウスに
所属し、2014年ソチ五輪に出場しています。
そしてソチ五輪終了後にチームを辞め、
今度はロコ・ソラーレに加入しています。
そこへ入れ替わりで北海道銀行フォルティウス
に加入したのが、吉村紗也香選手です。
ドラマチックというか複雑というか、
何かしら巡り合わせのようなものを感じますね。
ロコソラーレは、吉村紗也香選手の故郷の
常呂町のクラブチームです。
吉村紗也香選手がロコソラーレに加入していても
全くおかしくなかったですからね。
それにしても、常呂中学校は凄いですね。
何か特別な授業でもやっているのでしょうか。
ロコ・ソラーレの吉田知那美選手、
鈴木夕湖選手、吉田夕梨花選手、
フォルティウスの吉村紗也香選手、
小野寺佳歩選手、近江谷杏菜選手が
常呂中学校出身です。
合計6名もいるんですね。
吉村選手は、ちょっとした運命の違いで、
2014年ソチ・2018年平昌・2022年北京と
そのどれもに出場の
可能性があったように思えます。
五輪の舞台ははるかに遠く、
なかなか一筋縄ではいきません。
2021年末に北海道銀行が
フォルティウスのスポンサーを降り、
チーム存続の危機を迎えたこともありました。
プライベートでは結婚も、
出産もありました。
同じ地元、同じ年代の選手が自分より先に
五輪の舞台を踏むのも見てきました。
私もあの時、あのチームに入れたのに、
そう思ったことも一度や二度ではないでしょう。
それでも全てを乗り越えて、
吉村紗也香選手はやっとの思いで
ミラノ・コルティナオリンピックに出場しました。
表には出ていないだけで、
想像を絶するそうな悔しさも悲しみも
乗り越えてきたはずです。
世間の声としては正直、
ロコ・ソラーレに期待しているという方も
かなりの数いらっしゃったでしょう。
2018年の平昌五輪では銅メダル、
2022年の北京五輪では銀メダルを
獲得しましたからね。
今年こそは金を!と期待する声も聞こえる中、
そんなロコ・ソラーレに代わって
今回は吉村紗也香選手率いる
フォルティウスが五輪出場しています。
尋常じゃないプレッシャーでしょう。
ただこんなプレッシャーのかかる状況だからこそ、
私は吉村紗也香選手に期待しています。
競技のピークだけを切り取れば
遠回りに見えるかもしれませんし、
遅咲きに見えることもあるかもしれません。
世間の声も、まだ冷ややかかもしれません。
それでも競技に全力だからこそ、
吉村紗也香選手は五輪の舞台へと
ついに辿り着いたのだと私は思います。
今年の五輪、日本を背負う代表選手として、
吉村紗也香選手を一丸となって応援しましょう!
吉村紗也香の結婚相手は公表されている?旦那様の素顔と関係性とは
吉村紗也香選手の結婚については、
2020年5月に一般男性と結婚した
ことが知られています。
一方で、旦那さんの氏名・職業・顔写真などの
詳細は公表されていません。
一般男性とはどこまで指すのか
少し気になってしまう部分はありますが、
吉村紗也香選手はトップアスリートです。
あまりプライベートを公開しないのは
自然な流れかもしれませんね。
旦那様とは大学で出会ったそうですが、
どんな方なのか、お仕事は何をしているのかなど、
気になることはたくさん出てきます。
インタビューや取材から想像するに、
優しくてどっしりと構えていてくれるタイプの
旦那さんなのかなと想像してしまいます。
競技で行き詰まった時やメンタルが折れかけた時、
そっとそばにいて支え続けてくれていたという
エピソードもちらほらと見られます。
何度でも五輪へと挑戦してきたその背景には、
長年寄り添ってくれる旦那様の存在も
大いにあるのでしょう。
いつか吉村紗也香選手が引退したのちにでも、
SNS等でその姿が見られることに
期待したいですね!
吉村紗也香の出産はいつ?子どもを育てる母とアスリートの両立!
吉村紗也香選手は、
2023年12月14日に第1子(男児)
を出産しています。
プライベートも充実しているのだろうと
素敵な想像ができますね!
そして吉村紗也香選手は
2024年の日本カーリング選手権は
欠場しました。
母としての役割を全うするべく、
一度は競技から距離を置いたのでしょう。
出産・育児とトップ競技の両立は、
言葉で言うほど簡単じゃないはずです。
それでも彼女は復帰し、
そして再び五輪へ向かっています。
産休から復帰した吉村選手の記事です✨
ご覧ください🍀#フォルティウス #吉村紗也香 #カーリングフォルティウスのあの看板選手がカムバックして好調を維持、カーリング界に連綿と続く「母は強し!」(竹田聡一郎)https://t.co/55ODZYRafn
— フォルティウス Team Yoshimura (@h_fortius) September 13, 2024
お子様は2026年2月時点で2歳2ヶ月です。
ようやくコミュニケーションが
取れるようになってきた時期でしょう。
子育ての尊い時間と競技を天秤にかける
吉村紗也香選手の気持ちを考えると、
なんとも複雑な気持ちになります。
それでも母として、
そして一人の夢を持つ
競技者として望む今回の五輪は、
他の選手にはない魂が感じられますね。
もちろん他の選手たちも必死に努力して
五輪の舞台に立っているのは間違いありません。
ただ、背負っている環境や家族が、
吉村紗也香選手をより
鼓舞してくれているはずです。
お子様の最初の記憶が、
母である吉村紗也香選手の五輪、
なんてこともあるかもしれませんね!
吉村紗也香の両親はどんな人?支えの背景と育ってきた環境を深掘り!
吉村紗也香選手の両親については、
名前や職業などの詳細な公表情報は
見当たりませんでした。
ただ、背景として大きいのは、
彼女が北海道北見市常呂町出身
であることでしょう。
北海道北見市はカーリングの聖地として知られ、
吉村紗也香選手がカーリングを始めたのも、
自然な流れだったのかもしれませんね。
どんなアスリートを見ていてもそうですが、
幼少期から競技を本格的に始められる環境が
あることは、ほとんど必須条件とも言えそうです。
吉村紗也香選手が本格的に競技を始めたのは、
小学4年生のときのことです。
個人的には思ったより遅いな、
というのが正直な感想です。
五輪に出るようなトップアスリートは
物心が付いた頃から競技に触れている
イメージがあります。
吉村紗也香選手は
そうではなかったようですね。
小学生の吉村紗也香選手が競技を続けるには、
送迎・用具・遠征費など、
見えない支えが必要だったはずです。
両親の具体像は語られていなくても、
続けられる環境があったこと自体が、
優しさを語る一番のエピソードかもしれません!
吉村紗也香選手には、
「5度目の正直」として出場する
ミラノ・コルティナオリンピックで、
結果がどうなるにせよ、悔いの残らないように
精一杯頑張ってほしいですね。
応援しましょう。

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