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高木美帆は結婚してる?彼氏・家族構成と姉兄との絆まで徹底解説|五輪メダリストの素顔とは

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高木美帆(たかぎ みほ)選手は、
日本女子スピードスケート界を代表する存在です。

女子1500mでは世界記録を打ち立て、
オリンピックでも金メダルを獲得するなど、
長年トップレベルで戦い続けています。

その圧倒的な実力に加え、
氷上とは対照的な落ち着いた佇まいや
端正なルックスも話題となっています。

「結婚しているの?」「彼氏は?」
「家族はどんな人?」

といった私生活への関心も
高まっていることでしょう。

ミラノ・コルティナ五輪を控えた今、
競技者としての実績とともに、
その魅力的な素顔にも迫ります!




高木美帆は結婚している?選手キャリアとプライベートはどう両立するのか

まず結論から言うと、
高木美帆選手が結婚を公表したという情報は
確認できませんでした

同様に選手プロフィールを掲載する
JOC(日本オリンピック委員会)や、

本人の公式プロフィールページにも
情報がありません。

選手として大切な時期でしょうし、
何も情報が出てこないのは当然かもしれませんね。

競技に集中するために恋愛はお預けしているのか、
情報が出ないように気を配っているのか、
いずれにせよそっと見守ってあげましょう。

競技を引退したらそのまますぐ結婚、
なんてこともあるかもしれませんね。

そんな報道が出ることを、
楽しみに待っていようと思います!



高木美帆の彼氏は?熱愛報道が出にくい理由とは?

「高木美帆 彼氏」で検索すると
様々な記事が出てきますが、
現時点で公式な発表は確認できませんでした

主要な公式プロフィールには
交際相手に関する記載がなく、

ネット上の情報はどれも
憶測の域を出なさそうですね。

とはいえ結婚情報についても同じですが、
そもそもトップアスリートの交際情報は、

本人の公表がない限り
表に出てくることはないでしょう。

アイドルやタレントと違って、
競技を仕事にしているわけですから、
当然と言えば当然ですね。

オリンピック期間中ということもありますし、
恋愛どころではないと言うこともあるでしょう。

万が一熱愛報道なんて出たら、
正直高木美帆選手の
メンタルが心配になってしまいます。

彼氏の情報がないというのも、
今のこのタイミングにおいては
良いのかもしれません。

ただ高木美帆選手は年頃の女性でもありますし、
競技がひと段落した時にでも、
良い相手に巡り会えると良いですね!




高木美帆の両親はどんな人?支え方から分かる人柄と家族の間柄とは

高木美帆選手は北海道・幕別町出身です。

幕別町は十勝地方に含まれる町で、
スピードスケートが盛んな
土地としても知られています。

家族構成は「父・母・兄・姉・本人」の5人家族で、
ちょっと調べてみただけでも、

家族一丸となって競技に打ち込む
エピソードがたくさん出てきます。

地域柄スピードスケートが盛んであることに加え、
温かな家族の存在はきっと
重要なものだったのでしょう。

父は競技に対して過度に口を出すのではなく、
「自分で考えて滑れ」と
見守る姿勢を貫いたといいます。

干渉しすぎないというのは、
きっと高木美帆選手の
粘り強さを生んだのでしょう。

幼い頃からリンクへの送迎を続け、
練習後には滑りの感想を静かに聞き、

結果よりも姿勢を重視する
様子が浮かんできますね!

無口とも違う、背中を見せるのとも違う、
そっと包み込んでくれるような父親像が
私には見えた気がします。

一方、母は体づくりを
食事面から支えたと言います。

成長期に必要な栄養を考えた献立を整え、
遠征時のサポートも担いました。

毎日口にするものを毎日考えるって、
相当大変なことだと思います。

ご両親揃って競技に口出しをせず、
ひたすらに高木美帆選手が競技に熱中できる
その土台作りをしてくれていたんですね!

温かくて、目にみえる手助けはしすぎない、
簡単なようで非常に難しい教育を
長年続けてきたのだと思います。

今回のミラノ・コルティナ五輪でも、
きっとスタンドや地元幕別町から
熱いエールを送っていることでしょう!



高木美帆の姉・菜那も金メダリスト!姉妹の関係性と競技実績とは?

高木美帆選手の姉は、
高木菜那(たかぎ なな)さんです。

姉の菜那さんも日本代表として活躍し、
2018年平昌オリンピックでは女子団体パシュートと
マススタートで金メダルを獲得しました。

姉妹で同じ五輪の舞台に立ち、
世界の頂点に立ったことは
当時大きな話題となりましたよね。

こっちを見ても高木選手、
あっちを見ても高木選手といった感じで、
すごい姉妹だなと思った記憶があります。

マススタートは2018年の
平昌オリンピックで新設された競技です。

当時は妹の高木美帆選手にだけ
大きな注目が集まっていましが、

姉の菜那選手がこの新設のマススタートという
個人競技で見事金メダルを掴み取ったことで、
一躍有名になりましたね。

マススタートは、スピードスケートの競技の中で
唯一他の選手との接触の危険性がある種目なので

当時ハラハラドキドキしながら見ていたのを
覚えています。

姉の菜那選手の最後の飛び出しは、
タイミングがドンピシャでした。

マススタートだけ、持ちタイムが劣っていても
戦略で勝つチャンスのある種目なので、
姉の菜那選手の戦略がちですね。

あっぱれでした。

新種目の初代女王という歴史的な栄光に加え、
前評判を覆す勝利として
強い印象を残した瞬間でした。

そして当時ニュースで
多く取り上げられていたのは、
団体パシュートでしょう。

団体パシュートは3人で隊列を組み、
呼吸とタイミングを合わせる
極めて繊細な種目です。

3人の選手がピッタリと重なるようにして走る姿は、
もはや芸術的だとすら思ってしまいますよね。

団体パシュートでは姉妹であるからこその、
まさに阿吽の呼吸といった信頼関係が感じられ、
素人目にも達人的だなと驚いた記憶があります。

一方で、輝かしい結果の裏には
徹底した話し合い役割分担があったそうです。

家族でありながら、
競技者として互いを高め合う関係性が、
高木姉妹の特別さを物語っています。

また姉・高木菜那さんが
語ったエピソードの中には、
とても印象的なものがありました。

実は高木美帆選手、育成期の生活を支えるために、
自ら早朝の新聞配達を続けていました。

中学一年生から中学三年生までの三年間と、
かなり早い時期からそんな生活をしていました。

この間まで小学生だった少女が、
競技を続けるために新聞配達をしているなんて、
健気で心から応援したくなってしまいますよね。

ちなみに高校時代、
姉・菜那さんが早朝の新聞配達で
寝坊したことがありました。

その日の母や兄に
担当分を頼んだことがありましたが、

そこで妹の美帆選手から 「いい加減起きな」
叱られて以来、寝坊はしなくなったとのことです。

姉妹とはいえ、
こうして対等に話ができるというのは、
きっと競技にも良い影響があったのでしょう。

うまく言葉にできないですが、
姉妹揃った時の一枚岩な印象は、

こういった背景が
反映されたものなのかもしれませんね。

姉の菜那さんは、2022年4月5日に
競技を引退しました。

ミラノ・コルティナオリンピックでは
スピードスケートの解説者として
現地入りしています。

妹の高木美帆選手のことを
どんなふうに解説するのか楽しみですね。




高木美帆の兄・大輔さん | 妹を応援する兄の存在とは!

兄については、地元紙の記事で

中学校教員で兄の大輔さん

と紹介されており、
家族が地元でスポーツと教育の両面から
関わってきた様子がうかがえます。

また、最初にスケートを始めたのは
兄である大輔さんです。

これもまた大切なパズルの
1ピースといった感じですね。

兄の影響を受けて姉妹がリンクに立ち、
結果として姉・菜那さんも、そして美帆選手も
のちに五輪の舞台を経験することになります。

兄姉の背中を追う高木美帆選手の競技人生は、
高木美帆選手一人の力ではなく、兄妹の物語
といった感じがして、感動してしまいますね。

大輔さんが競技を始めていなければ、
高木美帆選手は生まれていなかった
言っても過言ではないでしょう。

そういった意味では、
大輔さんに感謝したいですね。

またソチ五輪の際には、
地元で行われたパブリックビューイングに、
父母とともに兄が参加しました。

家族が応援団としてだけでなく、
皆で紡いできた人生の節目
一緒に過ごしてきたのでしょう。

愛とか応援とかそう言った次元を超え、
共に闘う仲間のような家族ですね。

素直に、素敵だなとそう思います!



高木美帆プロフィールまとめ:経歴とプライベートを総振り返り!

最後に、高木美帆選手の
基本プロフィールをおさらいしてみましょう。

生年月日:1994年5月22日
出身地:北海道中川郡幕別町
身長:164cm
体重:58kg
所属
:TOKIOインカラミ
中学:幕別町立札内中学校
高校:北海道帯広南商業高等学校
大学:日本体育大学体育学部体育学科

スケートを始めたのはわずか5歳の頃です。

また、7歳からサッカーにも打ち込み、
中学はとかち帯広フットボールクラブに参加し、

北海道選抜メンバーとして
ナショナルトレセン女子U-15合宿
(Jヴィレッジ)に参加しました。

運動神経が良かったんですね。

そして、2010年バンクーバーオリンピックに
中学3年生で出場しています。

日本のスピードスケート史上最年少で
1000m、1500m、チームパシュートで
オリンピック代表に選出され、

天才中学生と話題になりました。

しかし、オリンピックでは
全く振るいませんでした。

1000mは完走できなかった1人を除いて
最下位の35位、1500mは23位でした。

チームパシュートは、エントリーされましたが、
ずっと控えでレースには出場しなかったため、

チームとしては銀メダルを獲得したのに
高木美帆選手個人には
メダルは授与されなかったのです。

日本中から期待されていたのに
散々な結果に終わってしまって、
さぞ悔しかったことでしょう。

もしかしたら、日本中から期待され過ぎた
重圧から実力が発揮できなかったのかも
しれないですね。

その後、高校・大学と順調に
実力を高めましたが、

2014年ソチオリンピックでは
なんと代表選考から漏れてしまいました

バンクーバーで世界を経験したのに、
次の五輪に出られない、
この落差は想像以上だったはずです。

その当時の私は、よく知らないのに、
高木美帆選手はもう終わったのかな、

なんてとんでもなく不謹慎なことを
思ってしまいました。

それでも彼女は競技をやめませんでした

この負けん気が彼女の大きな魅力ですよね。

転機となったのが、
2015年にから日本ナショナルチームの
ヘッドコーチに就任した

オランダ人コーチのヨハン氏
との出会いでした。

ヨハン氏の母国語はもちろんオランダ語で、
慣れない英語で高木美帆選手に
技術指導をしたそうです。

簡単な英語で話すヨハン氏につられ、
高木美帆選手自身の思考もシンプルに、
簡素化されていったみたいですね。

中でもヨハン氏は
フォームや滑走技術を根本から見直し、
「長く速く滑る」技術を徹底的に磨き上げました。

そこから、高木美帆選手の
大躍進が始まります。

2015年2月の
世界距離別スピードスケート選手権で、
菊池彩花、菜那とともに団体パシュートで

日本初の金メダルを獲得したのを皮切りに
2016年12月3日にワールドカップ
第3戦1000mで初優勝し、

12月21日の全日本選手権で全4種目を優勝
田畑真紀以来14年ぶり史上7人目の
完全優勝を達成しました。

一躍女子スピードスケート界の
エースに上り詰めましたね。

素晴らしいです。

その後も、ワールドカップなどの
世界大会で優勝を重ねました。

そして、2018年平昌オリンピックに選出されます。
もうバンクーバーオリンピックで活躍できなかった
高木美帆選手とは違いました。

1500mで、
日本スピードスケート女子個人選手として
初めて銀メダルを獲得します。

そして、1000mでも銅メダルを獲得しました。

さらに、団体パシュートで、
高木菜那、佐藤綾乃、菊池彩花とともに

2分53秒89のオリンピック新記録
(低地世界記録でもある)
金メダルを獲得しました。

日本人女性が夏季と冬季を通じて
同一大会のオリンピックで
金銀銅すべてのメダルを初めて獲得します。

大活躍ですね。凄すぎます。

女子スピードスケート界の
エースというだけでなく、

平昌オリンピックで一番光り輝いていた
いたんじゃないでしょうか。

その後も勢いは衰えることはなく、
2018年3月10日の世界オールラウンド
スピードスケート選手権大会で、

男女を通じて、日本選手として、
欧米以外の選手としてそれぞれで史上初めて、
大会総合優勝を果たしました。

さらに、2017/18シーズンのワールドカップで
日本人で初めて団体パシュート3季連続総合優勝、
日本女性で初めて1500m総合優勝

日本人で初めて全種目で総合優勝しました。

高木美帆選手は、名実ともに
世界ナンバーワンの選手になりましたね。

その後も、活躍は止まることはなく、
2019年3月にはなんと1500mで
世界記録(1分49秒83)を樹立します。

さらに、2019/20シーズンの
世界オールラウンド選手権と統合して行われた
世界スプリント選手権で、大会総合優勝し、

2018年世界オールラウンド選手権の優勝と併せ
日本人で初めて2冠を達成します。

もう、乗りに乗っちゃってますね。

2022年北京オリンピックは、
高木美帆選手が最強の時で、
5種目(個人4種目、団体1種目)に出場しました。

最初に出場した3000mでは
6位入賞で終わりましたが、
1500mで銀メダル

500mでは距離別の国際大会で初の表彰台、
自己ベストを更新しての銀メダル
団体パシュートの3種目で銀メダルを獲得しました。

さらに最終種目となる2月17日に出場した
1000mでは従来の記録を0秒37更新する
1分13秒19の五輪新記録

自身初のオリンピックスピードスケート
個人種目の金メダルを獲得しました。

圧巻というよりほかありません。

冬季オリンピック1大会で4つのメダル獲得は
日本人選手史上最多です。

この時の高木美帆選手は、
まさに出ればメダルを獲得する無敵状態でしたね。

実は、信頼しきっていたヨハンコーチが、
コロナのために合流が遅れて、

前半の2種目は実力が
発揮できなかったと言われています。

つまり、もし、ヨハンコーチが
予定通り合流出来ていたら、

最初に出場した3000mでは6位入賞ではなく
メダル獲得、

次の1500mは銀メダルではなく
金メダルが獲得できていたのではと
言われています。

特に1500mが一番の得意種目でしたから、
まさに女子スピードスケートの
世界最強選手でしたね。

私も、その当時は、
女子スピードスケートをテレビで見るのが
大好きになっていました。

高木美帆選手の強さが
偶然や一過性のものではなく、
圧倒的な実力によるものだと

日本がそして世界が気づいた瞬間だったはずです。

その後もあらゆる世界大会で活躍し続けて、
ミラノ・コルティナオリンピックでは、
4種目(個人3種目、団体1種目)に出場します。

すでに、1000mでは銅メダルを獲得しましたが、
前回の北京オリンピックでは、
金メダルを獲得した種目でした。

高木美帆選手本人もインタビューで
悔しいと言っていましたので、
残り3種目の金メダル獲得に期待したいですね。

新聞配達をしていた少女が世界で闘うその姿を、
精一杯応援しましょう!!

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